いのちのオアシス

バイブルビタミン

2022年07月15日

永遠の体を着せられるまで


今日のことば

2コリント5:1,4(リビングバイブルJCB)私たちがいま住んでいる地上の家が取りこわされても〔すなわち、私たちが死んでこの肉体を離れても〕、天には新しい体、永遠に保証された家があります。それは、人の手ではなく、神の手でつくられた家です。 この地上の体のために嘆きやうめきがありますが、だからといって、死んで、体のない状態になりたいとは思いません。その新しい体を着たいと願うばかりです。そうすれば、この死ぬべき体が、永遠のいのちにのみ込まれてしまうからです。

 

コメント

パウロは一時的な天幕と不変の建物の二つを対照的に比較して、私たちの一時的な今の体と、最終的に着せられる永遠の体を説明しています。私たちは霊の存在であり、魂(知、情、意)を持ち、体の中に住んでいます。私たちは体のない霊として存在するためには造られませんでした。それは裸のような状態だとパウロは説明しています。私たちは死を通して、この地上の体を脱ぎ捨てて、創造主なる神があらかじめ用意してくださった、新しい永遠の体を着るのです。ローマ書の中にも同じことを言っています。「そればかりか、私たちクリスチャンでさえ、御霊を自分のうちにいただいて、将来の栄光を先取りしているにもかかわらず、罪からの完全な解放を待ち望んでうめいています。その日には、神が約束してくださった新しい体、すなわち、もはや苦しみも死もない体をいただくのです」(ローマ8:23 JCB)。それは死を通してであっても、復活によってであっても、新しい永遠の体を着せられるのです。「今のこの体は傷み衰えていますが、天で与えられる体を新しい着物のようにまとえる日を、首を長くして待っているのです。 それを着れば、体のない霊だけの状態でいることはないからです」(2-3節 JCB)。 この望みを抱いて生きているので、「私たちは見えるものによらず、信仰によって歩んでいます(7節JSS2017)。その目的はこれです。「私たちは心強いのですが、むしろ肉体を離れて、主のみもとに住むほうがよいと思っています。9そういうわけで、肉体を住まいとしていても、肉体を離れていても、私たちが心から願うのは、主に喜ばれることです」(8-9節 JSS2017)。

炉心

 

今日のQT箇所: 2コリント 5:1-10
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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