いのちのオアシス

バイブルビタミン

2022年08月8日

神に受け入れられるささげもの


今日のことば

創世記 4:3-5 (新改訳JSS2017) しばらく時が過ぎて、カインは大地の実りを主へのささげ物として持って来た。4アベルもまた、自分の羊の初子の中から、肥えたものを持って来た。主はアベルとそのささげ物に目を留められた。5しかし、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それでカインは激しく怒り、顔を伏せた。

 

コメント

カインとアベルの捧げものの違いはどこにありましたか?なぜ神はカインの捧げものを受け入れないで、アベルの捧げものを受け入れたでしょうか?まずは、心の問題でした。カインは傲慢な心から、自分の手のわざを神にささげて喜ばせようとしました(「私はこんなに立派なものを作りました。あなたにこんな立派なものをささげます。」)。ダビデは違った視点からささげものを見ました。罪を犯し、悔い改めてから、彼は書きました。「まことに 私が供えても あなたはいけにえを喜ばれず 全焼のささげ物を望まれません。17神へのいけにえは 砕かれた霊。打たれ 砕かれた心。神よ あなたはそれを蔑まれません」(詩篇51:16‐17JSS2017)。神が喜び、受け入れるのは砕かれた、悔いた心です。私たちは贈り物をするときには何が受け入れる方を喜ばせるかが大切です。自分の好きなものをささげるのではありません。しかし、もっと重要なことがあります。神に受け入れられるためには罪のための身代わりの贖いのいけにえが必要です。父母(アダムとエバ)が罪を犯したときに、その裸を負うためには神が備えた身代わりの動物の血を流し、皮の衣を作ってあげたのをカインとアベルは知っていたはずです。カインが自分の手で作った地の産物を持ってきたときにこれを全く無視していたのです。自分の行いとわざによって神に受け入れられようとしたのです。私たちはどんなに頑張っても、神に受け入れられるだけのものをささげることはできません。神がカインに怒りをやめるように警告しましたが、彼は手放すことができませんでした。その結果は人類最初の人殺しに至りました(マタイ5:21‐22参照)。最終的にはキリストの身代わりの贖いによってのみ神に受け入れられ、近づくことができるのです(へブル10:3‐10参照)。神と和解し受け入れられるために私たちに何もすることはできません。ただ、キリストの身代わりを受ける時に、私たちはの働きやわざではなく、自分自身を神に受け入れられるいけにえとしてささげることができるのです(ローマ12:1‐2参照)。

炉心

 

今日のQT箇所: 創世記 4:1-15
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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