いのちのオアシス

バイブルビタミン

2023年01月17日

苦しみの道を選ぶわけ


今日のことば

ピリピ 3:10-11(リビングバイブルJCB)私は今、ほかのことはいっさい考えず、ただこのことだけを求めています。つまり、真にキリストを知ること、キリストを復活させた力を、この身をもって体験すること、そして、キリストと共に苦しみ、また死ぬとはどういうことかを知ることです。 死者の中から復活した、生き生きとした新しいいのちに生きる者となるためには、どんな犠牲もいといません。

 

コメント

なぜ人は苦しみの道を選ばれるのでしょうか?できるだけ避けたいのは本能です。しかし、イエスははっきりと前に置かれている苦しみを知っていました、その代価も覚悟しました。へブル書では「イエスは後にある喜びを知って、恥辱をものともせず十字架にかかられました」(へブル12:2 JCB)と書かれています。私たちは何とかしてどうにか苦しみや痛みを避けようとします。しかし、よみがえりのいのちとその豊かに実を経験するためには選ばなければならない苦しみの道があるのです。イエスを前に進ませたのはこの喜びでした、それは十字架という最大の苦しみを通る道であることを知りながら。パウロも神が自分を選ばれた目的のために捕らえられたと確信して言いました。「ただ捕らえようとして追求しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです」(3:12 JSS2017)。さらに、「ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです」(3:13-14 JSS2017)。その目標はよみがえりのいのちです。しかし、パウロは警告もしてます。この道を選ばない者もいて彼らは「十字架の敵として歩んでいるのです」(18節)。「その人たちの最後は滅びです。彼らは欲望を神とし、恥ずべきものを栄光として、地上のことだけを考える者たちです」(3:19 JSS2017)。その反面、キリストの後に従い苦しみの道を選ばれるものは、彼らの前には喜びが置かれています。「しかし、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待ち望んでいます。キリストは、万物をご自分に従わせることさえできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自分の栄光に輝くからだと同じ姿に変えてくださいます」(3:20-21 JSS2017)。だからへブル書は私たちにチャレンジしています。「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです」(へブル12:2 JSS2017)。

炉心

 

今日のQT箇所: ピリピ 3:10-21
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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