いのちのオアシス

バイブルビタミン

2023年02月10日

謙遜な心と臆病な心の違い


今日のことば

1サムエル記 10:20-23(リビングバイブルJCB)  こうしてサムエルは、部族の指導者を整列させました。聖なるくじで、まずベニヤミン族が選ばれました。 21ベニヤミン族を、氏族ごとに主の前に出させたところ、マテリの氏族が選ばれました。こうしてついに、キシュの子サウルをくじで選び出したのです。ところが、どこを捜してもサウルの姿は見当たりません。 22人々が、「いったいサウルは、どこへ行ったのでしょう。ここに来ているのですか」と尋ねると主は、「見なさい。彼は荷物の陰に隠れている」と答えました。

 

コメント

神はサウルをイスラエルの王として選ばれました。預言的にサムエルはサウルに直接語りました(1サムエル10:1参照)。ここで、くじ引きで、ベニヤミン族が選ばれ、マテリ民族が選ばれ、その中からサウルの家族とサウル自身が指名されました。これ以上明確にはできないほどでした。しかし、サウルを探しても、見当たりません。彼は逃げて隠れたのです。これは謙遜の現れではなく、おくびょうの心でした。逆に、自分を守ろうとする傲慢な心です。神が私たちを召し、語りかける時に、謙遜な心は神に服し従う心です。臆する心は神が私たちに語られたことよりも、自分を低くしようとすること、取るに足りないと思い込むことです。パウロはテモテにも言いました。「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました」(2テモテ1:7 JSS2017)。その代わりに、私たちは神の御心とみことばに立つことは、神に服することであり、本当の謙遜です。「ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(1ペテロ 5:6-7 JSS2017; ローマ 8:15も参照)。謙遜とは神の私たちに対する思いと心に確信を持って立つことです。人や状況を恐れたり、自分を神の思いよりも低く考えることは謙遜ではなく、おくびょうの霊です。

炉心

 

今日のQT箇所: 1サムエル 10:17-27
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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