いのちのオアシス

バイブルビタミン

2023年04月7日

私の罪を取り除く神の小羊


今日のことば

マタイ27:17, 21-23 (リビングバイブルJCB) それでその朝、群衆が官邸に詰めかけた時、ピラトは尋ねました。「さあ、いったいどちらを釈放してほしいのか。バラバか、それともキリストと呼ばれるイエスか。」...群衆は即座に、「バラバを!」と大声で叫んだのでした。 「では、キリストと呼ばれるあのイエスは、どうするのだ。」「十字架につけろ!」 「どうしてだ。あの男がいったいどんな悪事を働いたというのか。」ピラトがむきになって尋ねても、人々は、「十字架だ! 十字架につけろ!」と叫び続けるばかりでした。

 

コメント

これは歴史最大の誤判でした。ピラト総督はローマの権威に基づきイエスを釈放することもできました。イエスは何も違反も、犯罪を犯していませんでした。ユダヤ人の宗教指導者も、権力の欲望のあまり、また支配権を失うことを恐れて目が暗まされ、イエスの処刑を求めました。群衆は暴民意識に絡まり、指導者にあおられて、イエスを十字架に着けるようにと要求しました。ペテロと使徒たちは後にこのように説明しました。「私たちの先祖の神様が、そのしもべイエスに栄光を与えるためになさったことです。その方を、あなたがたはピラトの面前で、はっきりと拒否しました。ピラトがあれほど釈放しようとしたにもかかわらず。 このきよく正しい方を自由にしようと考えるどころか、反対に人殺しの男を釈放しろと要求したのです。 こうして、とうとう、いのちの源である方を殺してしまいました。しかし神様は、この方を復活させてくださいました。ヨハネも私もこのことの証人です。あなたがたが処刑したあと、私たちは確かに、復活したこの方にお会いしたのです」(使徒の働き3:13-15 JCB)。イエスは何も犯罪を犯さなかったばかりか、何一つ罪も欠点もありませんでした。それは、罪も、しみもない、完璧な神の小羊でなければならなかったのです(1ペテロ1:19; 2:22-24など参照)。「キリストも苦しまれました。罪を犯したことのない方であったにもかかわらず、私たち罪人のために死なれたのです。それは、肉においては死んでも、霊においては生かされて、私たちを神のもとに導くためでした」(1ペテロ3:18 JCB)。なぜそのようになされたのでしょうか?「それは神様が、罪のないキリストに私たちの罪を負わせ、それと引き換えに、私たちに恵みを注いでくださったのですから」(2コリント5:21 JCB)。ゆえに、バプテスマのヨハネは宣言しました。「ごらんなさい。この方こそ、世の人々の罪を取り除く神の小羊です」(ヨハネ1:29 JCB)。「しかし、私たちがまだ罪人であった時、神はキリストを遣わしてくださいました。そのキリストが私たちのために死なれたことにより、神は私たちに大きな愛を示してくださったのです。 9キリストは、罪人のために血まで流してくださったのですから、私たちが無罪とされた今は、もっとすばらしいことをしてくださるに違いありません。今やキリストは、神の怒りから、私たちを完全に救い出してくださるのです」(ローマ5:8-9 JCB)。

炉心

 

あなたにどのように当てはまりますか?

 

今日のQT箇所: マタイ27:15-26
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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