いのちのオアシス

バイブルビタミン

2023年04月21日

度を越した贅沢な礼拝


今日のことば

2サムエル記 6:16 (新改訳JSS2017) 主の箱がダビデの町に入ろうとしていたとき、サウルの娘ミカルは窓から見下ろしていた。彼女はダビデ王が主の前で跳ねたり踊ったりしているのを見て、心の中で彼を蔑んだ。

 

コメント

これはイスラエルにとって、喜ばしい、大いなる日でありました。神の臨在の現れである神の契約の箱がもう一度イスラエルの中心に持ち帰られてきました。これに対して二通り背反対の応答をこの箇所で見ます。ダビデは自分の中にある喜びと感謝を抑えることができなくて、我を忘れるようにして、喜び踊り主の前で度を越した礼拝をささげました。丁寧な落ち着いたものではありませんでした。その反面、サウル王の娘で、ダビデの妻であったミカエルはこの盛大なお祝いを窓越しから見ていました。そしてダビデの王としての威厳を投げ捨てて、我を忘れるようにして、喜び舞い踊りをしているのを見て、さげすみ、軽んじました。ダビデが家に帰ってきたとき迎えて言いました。「イスラエルの王は、今日、本当に威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、今日、あなたは自分の家来の女奴隷の目の前で裸になられて」(20節)。でもダビデは答えました。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで、主の民イスラエルの君主に任じられた主の前だ。私はその主の前で喜び踊るのだ。私はこれより、もっと卑しめられ、自分の目に卑しくなるだろう。しかし、あなたの言う、その女奴隷たちに敬われるのだ」(21-22節)。主は私たちの心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして主を愛する礼拝を喜ばれます(申命記 6:5; マタイ 22:37参照)。もう一人贅沢な度を完全に越した礼拝をイエスにささげた女がいました。高価な香油をその頭と足にそそいだ時、周りの多くの者彼女をさげすみ、軽んじ、責めました。しかし、イエスは喜ばれました。その礼拝心を貴びました。私たちはどちらでしょう。

炉心

あなたにどのように当てはまりますか?

 

今日のQT箇所: 2サムエル記 6:16-23
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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