いのちのオアシス

バイブルビタミン

2023年08月22日

神の法廷で無罪とされる重要性


今日のことば

使徒の働き 25:24-26(新改訳JSS2017) フェストゥスは言った。「アグリッパ王、ならびにご列席の皆さん、この者をご覧ください。多くのユダヤ人たちがみな、エルサレムでもここでも、もはや生かしておくべきではないと叫び、私に訴えてきたのは、この者です。25私の理解するところでは、彼は死罪に当たることは何一つしていません。ただ、彼自身が皇帝に上訴したので、私は彼を送ることに決めました。26ところが、彼について、わが君に書き送るべき確かな事柄が何もありません。それで皆さんの前に、わけてもアグリッパ王、あなたの前に、彼を引き出しました。こうして取り調べることで、何か私が書き送るべきことを得たいのです。

 

コメントフェストゥス総督はパウロに対する告発に関してユダヤ人とローマ司法制度の間に板ばさみにされ、困惑していました。ローマ司法に関しては何も訴える余地もありませんでした。「告発者たちは立ち上がりましたが、彼について私が予測していたような犯罪についての告発理由は、何一つ申し立てませんでした。ただ、彼と言い争っている点は、彼ら自身の宗教に関すること、また死んでしまったイエスという者のことで、そのイエスが生きているとパウロは主張しているのです」(25:18-19 JSS2017)。その反面、ユダヤ人の指導者たちは自分たちのユダヤ律法によればパウロは生きる価値もないと熱烈に訴えていました(しかし、事実は神の律法の下でも、何も訴えられるべきこともありませんでした。)フェストゥス総督は「パクス・ロマナ」(ローマの支配地をなんとしてでも平和の内に守らなければならない)と分かっていたので、ユダヤ人指導者をなんとしてでもなだめたい思いでした。パウロはこの状況の中で、まずエルサレムで、公正な裁判は受けられないことが分かっていました。また、ローマの司法制度も決して、腐敗のない制動ではないことも知っていました。しかし、パウロの目的は公正な裁判を受けて、無罪とされることよりも、ローマの最高法廷で、イエス・キリストを証しすることでした。「私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です」(ピリピ 1:21; 2:21も参照)。「平和の神ご自身が、あなたがたを完全に聖なるものとしてくださいますように。あなたがたの霊、たましい、からだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように。あなたがたを召された方は真実ですから、そのようにしてくださいます」(1テサロニケ 5:23-24; ピリピ 2:1-8も参照)。最も重要なのは神の法廷で、責めなれることのない者となることです。

炉心

あなたにどのように当てはまりますか?

 

 

今日のQT箇所: 使徒の働き 25:13-17
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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